広島高等裁判所岡山支部 昭和34年(ラ)28号 決定 1960年10月31日
抗告人 三宅金一
相手方 中国鉄道株式会社 外二名
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
抗告代理人は
原決定を取消し更に
一、相手方中国鉄道株式会社(以下単に相手方会社と略称する)の少数株主招集による昭和三十四年七月十六日開催の株主総会の決議の効力を停止する。
二、相手方会社の取締役坪井清一、同福田弘、同星島睦雄及び監査役杉山五郎は昭和三十四年七月十六日任期満了によつて退任せず、従前どおり地位を保有しその職務を行うものとする。
三、相手方西崎恵、同立石欽一は相手方会社の取締役の職務の執行をすることができない
旨の裁判を求め、右抗告の趣旨が相当でないときのため予備的に、原決定を取消し更に
一、第一項は前記抗告の趣旨第一項のとおり
第二項以下として
二、相手方西崎恵、同立石欽一は相手方会社の取締役の職務の執行を停止する
右期間中、相手方西崎に対しては、岡山県吉備郡高松町大字原吉二百六十三番地坪井清一を、相手方立石欽一に対しては、総社市山田九百六十二番地福田弘をそれぞれその職務代行者として選任する
三、倉敷市藤戸九百一番地星島睦雄をして相手方会社の取締役としての地位を仮に保有せしめその職務を行わしめる
旨の裁判を求めた。
本件抗告の理由は、別紙記載の外、原決定中昭和三四年(ヨ)第一五二号事件に関する申請の理由として摘示せられたところと同一であるからこれを引用する。
当裁判所の判断はつぎのとおりである。
(一) 抗告人は昭和三十四年七月十六日開催の相手方会社株主総会における新任取締役及び監査役の指名を議長に一任する旨の決議に際しては、議長において賛成者の議決権の数を計算し過半数に達しているか否か、過半数に達しているとしても何個あるのかを明確にすべきにかかわらず、これを怠り、単に起立によつて決し、起立多数と認め、これを可決したものとして取扱つたのであつて、右決議は定款及び商法の規定に違反したものであり取消を免れない旨主張するから、この点につき審究する。
相手方会社定款が商法第二百三十九条第一項の規定を承けてその第二十一条において「総会の議決は法令又は定款に別段の定ある場合を除き出席株主の議決権の過半数を以てこれをなす」旨定めていることは疏明により明らかである。しかして出席株主の議決権の過半数を以て議決がなされたというためには、出席株主の議決権の過半数に達する者の賛成の意思表示がなされ、且つ議長においてこれを確認した上その旨の宣言をなせば足り、必ずしも出席株主に対し賛否の数を詳細に報告しこれを確認せしめる必要はないものと解すべきである。蓋し株主総会における議決は同一方向に向けられた多数者の意思表示の集合により成立する法律行為であることをその本質とし、只議事手続の結末を明確ならしめるため議長の確認宣言が必要とされるものというべきであるが、その上に更に出席株主全員をして採決の根拠を確認せしめ納得了解せしめることが要求されるとの法理上の根拠は全く見出し難いからである。
本件記録添付の右株主総会議事録、右株主総会出席者名簿、小脇芳一の陳述書によれば、右総会の出席株主の議決権の総数は百十六万一千五百八十一個であつたが、その半数を超える七十九万二百四十九個の議決権を有する株主が板野醇平に議決権行使方を委任していたので、議長小脇芳一は表決に際しては、常に板野の起立するかどうかを注目し、これを標準として可否を決していたのであつて、右議題についての表決に際しても、右板野において起立により賛成の意思表示をしていること、従つて結局出席株主の過半数の賛成あるに帰することを確認した上、「多数と認めます、取締役二名と監査役一名をここで選任することとし、その指名を議長一任のことに可決されました」と宣言したことを認め得べく、しかして右議長の宣言を右定款の規定に照し合理的に解釈するときは、右の「多数と認めます」とは起立者の人数が多数であるとの意ではなく、出席株主の議決権の過半数の賛成がある旨の宣言の意であると解しなければならない。そうすると右決議は出席株主の議決権の過半数を以てなされた適法有効のものといわねばならないのである。
抗告人は更に右板野において代理行使方を受任した議決権数は何個であるか及び右板野が賛成の意思表示をしたかどうかが出席株主にとつて明らかでなく、可決の根拠を確認できない状態であつたので、議決は瑕疵を帯びる旨主張するが、議長は議決権の過半数に達する賛成のあつたことを宣言すれば足り、その根拠を出席株主に確認せしめる必要なきことは前記のとおりであるから、この主張も採用し難い。
又抗告人は右板野の議決権行使の受任を証すべき委任状は、受任者氏名欄が空欄となつていたところ、議決の際その部分が補充されていなかつたので、板野の代理権は当時発生していたといえない旨主張するが、右白地部分の補充はなくとも、板野が当該委任者より直接に、又は相手方会社を介して間接に、右委任状を受取つた時に代理権授与行為は完成し、代理権は発生すると解すべきである。しかして板野において、当時右委任状を受取り所持していたことは前記小脇芳一の陳述書により認め得るから、果して当時右委任状中の白地部分が補充されていたかどうかを判断するまでもなく、議決権を代理行使し得る状態にあつたものというべきであり、従つてこの点の抗告人の主張も採用に値しない。
(二) つぎに抗告人は、右総会の招集についての裁判所の許可は、決算書の承認と取締役監査役の改選とを不可分一体のものとしてなされたものと解すべきであるのに、前者について決議をせず後者についてのみ決議したのは裁判所の許可に反した決議であるから、これは無効であるか又は取消を免れない旨主張するからこの点につき考察する。
疏明によれば、昭和三十四年六月十一日岡山地方裁判所が第一号議案を昭和三十三年度下期決算案承認、第二号議案を取締役坪井清一、福田弘、星島睦雄の任期満了による改選、第三号議案を監査役杉山五郎、藤田倫一の任期満了による改選として定時株主総会招集の許可をしたこと、右許可に基く招集により昭和三十四年七月十六日の株主総会が開催されたところ、第一号議案につき決議がなされず、第二、三号議案についてのみ決議がなされて閉会となつたことを認めることができるけれども、右裁判所の許可が決算書の承認と取締役監査役の承認とを不可分一体のものとしてなされたものであるとの事実は、これを疏明するに足る資料がない。かえつて裁判所が定時総会の招集を許可した趣旨は、招集さるべき総会の議題の一つに決算書類の承認なる事項があり、これを議題の一とする総会は即ち定時総会であるから、定時総会の招集を許可するとの表現をとつただけであつて、一回の総会においてその全部を議題として議決せねばならぬとの趣旨又は先ず決算書類の承認を議題となし、その後に初めて取締役監査役の改選を議題となし得るとの趣旨ではなく、株主総会においてその議案の中一部を議決せず、後日の他の機会にこれを譲つてもよく、又議決の順序もいずれを先にしてもよい趣旨であることは当該議案自体の性質からみて明白である。
尤も総会において最終決算期における決算書類の承認についての議案の議決がなされるまでは取締役監査役の任期は満了しないとの見解によれば、右の議決を経ずして取締役監査役の改選ということはあり得ないわけであるから、右裁判所の許可の趣旨も第二、三号議案は第一号議案の議決を経ずしては議題となし得ないという意味であるということになるけれども、後記のとおり最終決算期における決算書類の承認を議案の一として総会が招集せられた以上、何らかの都合でその議案の議決がなされなかつたとしても、当該総会の終結と同時に役員の任期は満了すると解すべきであるから、決算書類の承認ということと役員の改選ということとの間に不可分一体性を認めることはできない。
従つて右許可の趣旨に関する抗告人の主張は失当である。
(三) 抗告人は議長選出方法が定款の規定に違反する旨主張するから、この点につき判断する。
相手方会社の定款によれば、株主総会において議長は社長がこれにあたる旨定められていることは疏明により明らかであるが、右定款の規定は取締役会により総会が招集せられた通例の場合を予想して設けられたものであつて、少数株主の裁判所の許可を得た招集による総会の如き異例の場合には、右規定の適用はなく、従つて選挙により議長を定むべきものといわねばならない。蓋し少数株主が裁判所の許可により招集する場合は、その総会の開催が社長の意に反するものであることが多いので、この場合にも社長が議長の席に就くときは議事運営の公正が疑われることとなり不当であるからである。この点に関し抗告人は、本件の場合社長は取締役会の決議と意見を異にし株主総会の開催を希望していたのであるから、かかる場合は社長を議長とするも差支えはないので、原則に帰り社長を議長とするのが定款の趣旨に適う旨主張するが、元来株主総会の議事についての規則は一種の手続規定であるから、その解釈にあたり手続の劃一性及び明確性の必要が適度に考慮されねばならない。しかして前記のように総会の招集が取締役会による場合及び少数株主の裁判所の許可による場合というように類型を分ち異つた取扱をするのはやむを得ないけれども、進んで具体的に総会開催が社長の意に沿うものかどうかという内面的且つ微妙な事柄により株主総会の議事手続の適否が決せられるものとするのは、劃一性又は明確性が要請される手続法の解釈としては適当でない。
ついで抗告人は、仮に当該総会において株主中より選出した者を以て議長とすべきであるとしても、株主立石欽一が議長の指名を自分に委任されたき旨をはかり、「異議なし」の声に応じて過半数の賛成ありたるものとして議長に小脇芳一を指名したが、前記(一)(原決定摘示事実第二の(A))について述べたと同様の理由により、右議長選任の議決に際し議決権の数が過半数に達しているかどうか不明であり、違法である旨主張するけれども、疏明(株主総会議事録、小脇芳一の陳述書)によれば、右議長指名委任に関する議決に際しては、出席株主の議決権の過半数に達する株主より議決権行使の委任を受けた板野醇平において、少くとも默示的に賛成の意思表示をしていたことを窺い知ることができる。しかして少数株主の招集による株主総会においては、議長の選出に至るまでは当該少数株主中よりその代表者として選任せられた者が、仮に議長の席に就き議事の進行をつかさどるべきものと解するを相当とするところ、疏明によれば、右少数株主の代表者である立石欽一が議長の指名を自己に委任することの可否を議題としたところ、前記のとおり板野の賛成の意思表示のあつたため出席株主の議決権の過半数に達する賛成ありと認め、「御異議がないようでございます」という言葉でその旨の確認宣言をしたことを認めることができるから、右議長の指名を委任する旨の議決は適法有効のものといわねばならない。なお右の場合に議決権の過半数に達する賛成ありと認めた根拠につき出席株主全員に対し説明し納得了解せしめることが必要でないことは前記のとおりである。
よつて抗告人のこの主張も採用し難い。
(四) つぎに抗告人は、決議が役員の任期に関する定款第二十七条の規定に違反する旨主張するからこの点につき判断する。
定時総会とは計算書類承認のため決算期ごとに招集される株主総会をいうものである。しかして所定の時期に遅れて招集されてもその総会で計算書類の承認が議題の一とされておればそれが定時総会であるとともに、それはあくまで承認のためそれを議案として招集される総会であるから、たまたま何らかの理由で承認の決議がなされずに終つたとしても、それは定時総会たるの性質を変ずるものではなく矢張り定時総会として終結したものというべきである。
本件において、相手方会社取締役福田弘、同星島睦雄、同坪井清一、同会社監査役杉山五郎、同藤田倫一は、いずれも昭和三十四年四月中に招集さるべき定時総会終結の時に任期満了するものであること、は原審認定のとおりであつて、右定時総会が右時期に遅れ、同年七月十六日に至り計算書類の承認を議案の一に加えて開催されたことは前認定のとおりである。そうすると右総会は定時総会に属すると共に、右計算書類の承認なる議案が結局議決せられずに閉会となつたことは前認定のとおりであるけれども、そのためにそれが中途より性質を変じて臨時総会となるのではなく、定時総会として終結したものというべきである。そうすると右定時総会終結と同時に役員の任期は満了したものであつて、右総会においては役員改選の決議をなし得る段階に達しており、これが改選決議は適法であるといわねばならない。
抗告人は、総会において現実に計算書類承認に関する議案の議決がなされずして役員の任期が満了すると解するときは、役員は総会において計算書類につき説明する機会なくして決算に関する責任を負担せしめられることになり、不当である旨主張するけれども、商法第二百五十六条第三項において役員任期を定期総会終了の時まで伸長し得ると定めているのは、単に株主取締役双方が定時総会において充分に質問弁明の便あるを適当とすることと改選決議のため別に総会を開く煩を避け、定時総会において改選決議をなさしめるを可とするとの便宜的考慮に出たものに過ぎない。定時総会において弁明の機会が与えられない結果は、当該役員の責任の免除(商法第二百六十六条)又は解除(同法第二百八十四条)される機会が失われる等の不便を生ずるけれども、結局は役員の責任は不法な職務執行その他法定の責任発生要件の具備したことにより生じ、その責任は後日訴訟において充分な弁論を尽した上で確定されたものである。従つて役員の任期がいつまで伸長されるかという問題を判断するにあたり、役員が定時総会において説明の機会を与えられることを左程に重視すべきものではない。かえつて現実に計算書類承認が議題として議決されない限り役員の任期は終了しないという解釈をとる結果は、取締役は故意に定時総会の招集及び計算書類の提出を怠り、以て計算書類承認に関する議決を不能ならしめ、自ら任期満了を阻止し得る結果を生じ不当である。
従つてこの点に関する抗告人の主張は失当である。
(五) 抗告人は、原審において決定をなすにあたり仮処分債務者より提出した陳述書のみならず第三者の作成の陳述書及び鑑定書までも受理し、これを参考として審理したのは違法であると主張する。
元来仮処分申請事件の審理は口頭弁論を開いてなすを原則とし、口頭弁論を開く余裕のない急迫の場合に書面審理によりなすべきであるが、かかる急迫の場合として書面審理で処理する場合にも、なお時機を失しない限度においてなるべく審尋、債務者作成の陳述書受理等の方法で債務者側の陳述をも聴き、又債務者側の反対疏明として第三者作成の陳述書、鑑定書その他の資料の提出を許すを可とすることは、当事者の対等を原則とする民事訴訟の性質上当然のことであつて、(尤も仮処分申請のあつたことを仮処分債務者に秘匿すべき必要ある場合は格別)、一方において債権者側の主張を聴き債権者提出の疏明を審査しながら他方債務者側の提出せんとする陳述書又は疏明書類はこれを受理し資料とすることが許されないとなす合理的根拠は到底見出し難いところである。従つて原決定が債務者側の提出にかかる書面を参考としてなされたものであるとしてもそれが違法であるとはいえない。
よつて抗告人のこの主張も採用しない。
そうすると相手方会社の前記株主総会の決議は、瑕疵ありといい難いから瑕疵の存在を前提とする抗告人の本件仮処分申請及び予備的申請は、いずれも失当として却下を免れず、これと同旨の原決定は正当であるから本件抗告はこれを棄却し、抗告費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり決定する。
(裁判官 高橋英明 柚木淳 長久保武)
抗告の理由
抗告人が抗告の趣旨記載のとおりの裁判を求める理由は原決定中昭和三四年(ヨ)第一五二号事件に関する申請の理由として摘示せられたところと同一であるがなおつぎのとおり申請理由を附加主張する。
(甲)申請理由第二のA点(決議に際し議決権の数が過半数に達しているか不明であるとの主張)についての追加理由
<イ> 仮に株主総会における会議の目的たる議案に対する表決の方法が必ずしも投票によりこれを明確にするを要せず、出席株主が明認し得べき方法において為した表決の結果、議案に対する賛成又は反対がその議決権の過半数に達せること明なるに至りたる以上この時において決議が成立するとするも、本件株主総会においては、やはり、決議に際し議決権の数が過半数に達せることは明かでない。けだし、本件総会の議事録によれば(第一-第二頁参照)
出席者 四百九人その総株数一一六一、五八一株
内訳 本人出席 七十八人その総株数三六三、六六六株
代理人出席 三百三十一人その総株数七九七、九一五株
(発行済株式総数百五十万株、株主総数七百四人内板野醇平へ委任個数三百二十六人、七九〇、二四九株)
………代表として立石欽一が本日の出席株主には前記の数を報告して出席株主の承認を得た上総会の成立を告げ………
との記載がある。
ところで前記の数を報告したというのは単に、本人出席及び代理人出席の総株数であつて、( )内の板野醇平への委任個数は出席株主へは告げられていない。告げられなかつたことは出席せる全株主の何人も熟知せるところで、糊塗することのできない厳然たる事実である。そもそも最初、本人出席及代理人出席の数について報告があつたときその数は本人出席二九万余委任状出席八十一万余の報告であり、(従つて議事録の記載数自体も誤記がある)この数についても多少の議論があつて異議を述べる声もあつたが、結局、総会が成立することに間違いないということでその報告数を出席株主が諒承した経緯であつて、結局、総会の成立するか否かの点が焦点であつて、委任状が板野に対して為されてあるかどうかを検討する余裕のなかつた事情にあつて、従つて板野の受任議決権の個数については出席株主に告知せられていない。
更に、株主の委任状は被抗告会社に対する白紙委任状であつたから、被抗告会社代表者において板野の氏名を補充するまでは、板野に対する代理権は発生していない筈である。そして板野に対する氏名の補充は総会終結後になされたものであることも明白な事実で多数の証人がある。
以上の事情であるから、板野に過半数の議決権を行使し得る代理権などは考へ得られないのみならず、出席株主は板野が過半数の議決権の委任を受けていることなどは告知されていないし、ましてやこれを明認しているなどは少しもいえないのである。だから議長が本件決議事項の賛否を問うた際に、仮りに板野が起立したとしても出席株主が明認し得べき方法において為したる表決乃至はその議決権の過半数に達していることが出席株主に明になつたということを得ない。ことに本件議事録を精査しても、起立多数とあるが、これは起立者の数が多いというだけで板野が起立をしたことが明になつていないから本件決議が過半数の議決権の行使によるとは認め得られない。
<ロ> のみならず、総会の決議は議決権行使の過半数に達したという客観的事実と、この客観的事実が出席株主全員に確認せられるという主観的事実の二つが成立しなければ、有効に成立しない。(あるいは、客観的事実の成立は決議の成立要件、主観的事実の成立を決議の有効要件と考へてもよい。)投票によつた場合、投票と同時に過半数に達したか否かの客観的事実は成立するが、議長が投票の結果を出席株主に報告することによつて初めて決議が有効に成立するというのは(西原、株主総会の運営、株式会社法講座(田中耕太郎編)三巻八六六頁)この理による。本件において、仮に板野が過半数の議決権の行使をなす権限があつて、板野が起立し、又は異議なしと叫んだとしても、これは単に右の客観的事実が成立したに止まつて、決議はまだ有効に成立しない。更に主観的要件として出席株主全員が過半数の議決権の行使のあつたことを確認する方法が講ぜられたときに始めて決議は有効に成立する。ところが株主総会においては一人一票ではないから、「起立多数」、「異議なし賛成の声多数拍手」というだけでは過半数に達したということはできず、出席株主全員に過半数に達したことの確認がなされたとはいえない。
議長が「多数と認めます」と宣言しても確認がなされないことにかわりはない。
結局、議長が票数を計算して過半数であることを告げるか、少くとも板野の起立又は板野の異議なしと叫んだ事実を告げなければ出席株主には確認せられたとはいえない。本件のように一人一票でなくしかも平素面識のない多人数の総会ではとりわけそれが必要であるところが本件ではそのような手続がとられていない。
本件決議の方法に瑕疵あるというはこの理による。
被抗告人陳述書援用の大審院判例は単に決議成立の時期を明確にした判例であつて、明認方法が具体的に示された判例ではないから、本件に援用することは適切でない。
(乙)申請理由第二C点(議長選出方法の定款違反の主張)についての追加理由
<イ> 前記(甲)の申請理由第二A点に対する追加主張に詳述せる如く板野が過半数の議決権の委任を受けていたことはなく、仮りにいたとしても、出席株主はこれを明認し得ないのであり、しかも議事録の記載によつても板野が異議なしと叫んだことは明でなく、その他出席株主の明認し得べき方法で過半数の議決権を有する者の異議なしとの発言があつたことは明でない。陳述書援用の東控判例も、「議決権の数が過半数なること明白なる場合には、挙手、起立、投票等の採決方法に依らずして決議をなすも違法に非らず」といつて、過半数の議決権あることが明である場合なることを前提としているそして明白とは出席株主全員に明でなければならない趣旨である、しからば前述の如く、板野が過半数の議決権あること出席株主に明かにされていない本件総会、乃至は過半数の議決権を有する者の異議なしとの発言のあつたことの明でない本件においては援用さるべき判例ではない。
<ロ> 仮りに少数株主の招集による総会においては、総会の議長は代表取締役これに当るとの定款の規定に拘らず、出席株主の互選によるべしとの論があるとしても、その論拠は、少数株主の招集による総会は、通常の場合、会社の取締役(特に代表取締役)と株主との利益が対立する場合が多いのであるから、代表取締役が議長となることが妥当を欠くという点にあるのであつて、本件の如く、定款において総会の議長と定められている代表取締役が少数株主の招集を歓迎しその間に対立のない状態-このことは、本件総会の議事録に示された被抗告会社の挨拶状によつて明である-においては、原則にかえつて、議長としては代表取締役が就任すべきである。にも拘らずこれをしなかつたことは議長選任方法が定款違反である。
(丙)申請理由第二のD追加理由
仮に定款二七条の趣旨が商法第二五六条第三項と同様に、取締役をして定時総会に出席せしめ計算書類について検討を加へそれに対する責任を果さしむるために設けられたものでないとしても、原決定も承認するように、少くとも定時総会に出席して質問説明に当らしむるためのものでもあるとするならば、その質問説明とは定時総会の特質上計算書類に対する質問説明と解さねばならないから、ここにいう定時総会とは必ず計算書類の提出せられた定時総会を指すものとの結論になる。
だとすると、本件総会では定時総会として裁判所の招集許可を受けながら、計算書類の提出はなかつたのであるから、定款第二七条の第四回目又は第二回目の定時総会ということを得ないから、本件の取締役等は未だ任期は満了しない。
原決定の誤りについて
(一) 原決定第二の一(抗告人の決議に際し議決権の数が過半数に達しているかどうか不明であるとの主張に対する判断)の誤りであることは、抗告理由の(甲)において附加主張したところによつて明であるからここで再述する必要はないが、原決定が誤つた根本の理由は議案に対する賛成又は反対が出席株主の議決権の過半数に達することが明であれば足るとの考へのみに基いていて、その過半数に達することが単に客観的に明であるを以ては足らず、その客観的事実が出席株主にも明認し得べき状態にあることを必要とするという会議体における決議成立の根本原理に思を致さなかつたところに起因する。
(二) 原決定第二の二(抗告人の議案の不可分一体性に違反した決議であるとの主張に対する判断)の誤りは、本件総会は岡山地方裁判所が定時総会の招集として許可したという事実に思を致さなかつたことに起因する。原決定は「岡山地方裁判所の昭和三四年六月一一日付決定においては会議の目的たる事項を定めたことの外特段の定めをしていない」との理由から本件の第一乃至第三号議案の不可分一体性を否定しているが右裁判所の招集許可決定は定時総会として許可しているのであり、定時総会においては計算書類の承認を不可欠の要素とすることは抗告人が原審以来詳述する通りであつて、鈴木教授の鑑定書(鑑定書第三項参照)も又同説である。従つて取締役監査役の選任決議のみをなすことは定時総会ではなく、これのみをなすことは定時総会として許可せられた趣旨に反する。
もつとも定時総会として招集せられた場合においても計算書類が提出せられたにも拘らず、何等かの理由で承認決議が得られず、しかも同時に提出された取締役監査役の選任に関する議案のみについて決議が行はれるということが考へ得られるが、斯る場合においても両議案が不可分乃至主従の関係にあるものとして取締役監査役選任の決議を無効とすることは条理に反するとの論議(被抗告会社の原審に提出せる陳述書(B))が提出されるかも知れないが、この主張は一応計算書類の提出のあつた場合のことであつて、本件総会では全然計算書類の提出されなかつた事案であるかとこの反論は成立しない況んや、本件総会においては、計算書類の提出され得ないことは少数株主による招集許可申請の当初より確定していたことである。このことは昭和三四年七月一三日付安由外三名の報告書(昭和三四年(ヨ)第一三二号株主総会停止仮処分申請事件添付)によつて明である。しかるに少数株主は取締役の改選決議のみをなす目的をもつて提出し得ないことの明確なる議案を承認決議をなすが如く裁判所に申請し、定時総会招集許可を得たのである(このことは本件仮処分申請書第二の(B)に詳述した)だから定時総会において取締役の選任決議のみをなした本件ではこの決議を無効とすることこそむしろ条理に合する。
三、原決定第二の三(議長選任方法の定款違反の主張に対する判断)の誤りは
(イ) 板野が議長選任方法の提案に異議なしと叫んだとの事実認定をなした点に起因するが、仮に板野が過半数の議決権の委任を受けていたとしてもまた異議なしと叫んだとしても、それだけでは、少くとも出席株主にはそれが明認され得ないことは前記
(甲)の(ロ)に明にしたところであり、しかも板野が異議なしと叫んだ事実も議事録にも明でない。
(ロ) また定款第二〇条の規定を無視した点にも起因するがこれは抗告追加理由に詳述したからここで再述はしない。
(四) 原決定第二の四(決議の内容が定款第二七条に違反するとの主張に対する判断)の誤りは、取締役監査役の任期に関する定款並に商法の規定を誤解したことに起因する。
原決定は商法第二五六条第三項第二八〇条の規定の趣旨は、単に会社に対して役員補充の補欠選挙のための臨時総会招集の手数を省く便宜を与へるためのみに任期の延長を認めたにすぎないとする被抗告人の主張(被抗告人の原審に提出せる陳述書D、これは鈴木教授の鑑定書と同一である)を排斥し、定時総会における質問説明の機会を与えるためにも、任期の延長が認められたものと解釈しているのであるが(原決定書第一五頁七行目以下)この部分こそ抗告人が仮処分申請書において詳細に述べたところと趣旨において一致する。そして原決定のこの趣旨を敷衍するならば、定時総会における質問説明とは、定時総会の特質上、計算書類に関する質問説明と解さざるを得ないものであり、このことは結局、計算書類の提出された定時総会まで任期の延長を認めるべきものとする考へに立つものである。従つて未だ昭和三十三年下期の計算書類の提出されない本件総会の終結をもつて任期満了せるものとの結論に達することは到底なし得ないところである。計算書類に関する質問説明の機会を与えることが商法第二五六条第三項の趣旨であるとするならば、これは取締役監査役の地位に与えられた権利とも解せられるのであつてこの権利を現実に行使する機会なくして-別言すれば、計算書類の提出されない定時総会が終結した時、または、定時総会が通常開かるべき時期において、任期満了すると解することは、商法二五六条第三項の趣旨を没却した解釈であるばかりでなく、原決定の論旨としても首尾一貫せないうらみがある。
原決定がかような矛盾した結論に達した主たる理由は、もし取締役の任期延長を抗告人の言う如く認めるときは、取締役がその義務に違反し定時総会を招集しない場合においてもなを取締役等をして本来ならば当然到来すべき任期の満了を阻止せしむることを是認する結果となると考へたに由るものである(原決定書一六頁八行目以下)そしてこの取締役の義務違反を行はしめないためには、本件では、「合理的に考へて昭和三四年四月に招集される定時総会が通常終結すべかりし時、すなわち、昭和三四年四月末日の経過をまつて満了したものというべきである」と判断すべきものとしているのであるが(原決定書第一七頁二行目以下)、定款所定の時期に定時総会が開かれない場合がすべて取締役の義務違反の行為に基くと考へるとするのは早計である。却て取締役としての義務に忠実なるために代表取締役の専横の結果不当なる計算書類の提出されんとするを阻止せんとして定時総会の招集を延期せんとする場合があり得る。本件は代表取締役藤田正蔵が横領行為をかくさんがために不正なる計算書を総会に提出し株主に損害を加えんとすることを防止せんとして福田外四名の取締役らが定時総会の招集を防止せんとするものであつて、正にその好事例である。(本件仮処分申請理由第三本件仮処分命令申請の必要性と緊急性の項参照)従てかような場合には、定時総会が通常終結すべかりし時に任期満了すると解するならば、却て一部取締役の義務違反を助長する結果となるのである。
鈴木教授の鑑定書も定時総会の招集せられない場合の理由にも種々あることを理由として定時総会が通常終結すべかりし時に任期満了するとの考へ方(横浜地裁判決下級民集七巻八号二一三三頁)を非難し排斥しているぐらいである。(同鑑定書第四項参照)。(抗告人はこの判決に対しては別な見地から反対しているのである。仮処分申請書第二のD参照)
また、原決定が「昭和三四年四月に招集される定時総会が通常終結すべかりし時、すなわち、昭和三四年四月末日の経過をもつて本件福田外四名の取締役監査役の任期が満了せないので爾後招集される取締役改選のための総会終結の時に満了するものであるとの見解も考へられるが、右見解によつても、本件総会においては前記第二号第三号議案を一括先決して本件決議を成立せしめ、前記第一号議案については何等審議に入ることなく終結を見るに至つたものであるから、前記福田弘外四名の各任期はいづれも本件決議の成立により本件総会終結の時に満了することとなる」との説示をなすに至つては(原決定書第一七頁五行目以下)決定の趣旨は益々首尾一貫しないこととなる。けだし、右説示の前段は、取締役の任期は、定時総会が通常終決すべかりし時に満了しないで更に延長されることを認めるのであるが、その延長された任期が、単なる取締役等改選のための総会で改選決定されることによつてたやすく満了すると解釈することは任期が延長されることを認めた趣旨が没却されることとなる前述の如く、商法二五六条第三項の認める任期の延長の趣旨が、原決定も承認する如く、取締役が定時総会において計算書類に対する質問説明をなすためのものでもあるとするならば、認められる任期の延長はやはり後日計算書類が提出せられこれが説明をなす機会のある定時総会の終結まで延長されると解さねば首尾一貫せないであろう。しかるに本件総会においては定期総会として招集せられながらも、計算書類の提出がなされなかつたのであるから取締役の任期は未だ満了せずと解さねばならない。原決定のこの判示は、鈴木教授の鑑定書の所説、すなわち、「本件定款の規定は定時総会の開催が予定されているのは取締役改選のみのためにわざわざ総会を開く不便を救うためのものであるから、所定の期間内における総会の開催を期待することができない場合に、取締役改選のための総会を開くことを禁ずるものではなく、従つてこの立場をとれば、取締役の任期はこの総会の終結とともに終了することとなる」という考へ方(鑑定書第四項)と軌を一にするのであるが、鈴木教授の如く、被抗告会社の定款第二七条は単に取締役等改選のための臨時総会を開くことの不便をさけるためだけに任期を定時総会終結の時と一致せしめたものと解するならば格別、原決定も認めているように取締役をして定時総会に出席して計算書類についての質問説明をなす権利をも附与するものである(原決定書第十五項六行目以下)とするならば、このような見解は採ることができず、かえつて定款第二七条は定時総会-計算書類の承認の決議のなされる総会-以外の総会においてすなわち計算書類の提出されない総会において、改選の決議をなすことを禁止しているものと解すべきであるから、計算書類の承認の決議のなされなかつた本件総会において改選の決議がなされてもこれによつて任期は満了せずと解さねばならない。
要するに原決定は、商法第二三七条第三項、定款第二七条の解釈について厳格且つ卒直な文理解釈によることなく、任期延長を認むれば取締役の義務違反によつて勝手に任期延長を策することができるという場合によつては反対の場合も考えられる実質論に引づられたものと考へられる。しかし義務違反の取締役に対しては解任の方法をとれば足り、これを恐れるために義務に忠実なる取締役までも定時総会において計算書類の説明質問に当る機会を奪うような任期満了論をなすことは正当でない。
最後に抗告人は原審の審理手続の違背について附言したい。
原審は抗告人の仮処分申請に対して口頭弁論を開くことなくして審理をなしながら三四年八月一三日仮処分債務者(中国鉄道代表者藤田正蔵)に対する審尋の決定をなした。
しかしながら仮処分債務者に対する審尋は、保全訴訟の性質上、違法であるとの有力なる学説がある(兼子・増補強制執行法三三〇頁)(菊井・村松・仮差押仮処分実務法律講座四八頁)。いわんや仮処分債務者が審尋期日に不出頭の故を以て審尋を取消しながら仮処分債務者の提出せる陳述書のみならず、仮処分債務者以外の第三者たる本件総会の議長小脇芳一の陳述書並に鑑定書までも受理してこれを参考として審理するが如きは、非訟事件ならば格別、訴訟事件であり、かつ保全手続である仮処分事件においては手続違背といはねばならない。しかもこの手続違背が原決定に不当な影響を及ぼしたことは明である。